UMUT collection

1943~1944年に実施されたテル・ハッスーナ(Tell Hassuna)遺跡の発掘調査は、後期新石器時代のハラフ文化に先行する考古学的文化を初めて明らかにしました。ハッスーナ文化と呼ばれるこの文化は、以後メソポタミア先史時代編年の一枠を占めるようになりました。

それから半世紀余りが経ちましたが、ハッスーナ文化にかんする理解はさほど深まっていません。それでも1970年代までは、マタッラ(Matarrah)、テル・エル=ハン(Tell el-Khan)、テル・シムシャラ(Tell Shimshara)、ヤリム・テペⅠ(Yarim Tepe I)といった諸遺跡でハッスーナ文化の類例が報告されていましたが、以来、資料の増加はほぼ止まりました。

イラク・クルディスタン地域における考古学調査の再興は、この事態を打開する一つの契機として期待されます。私たちのプロジェクトを含むこの地域で展開されている遺跡調査プロジェクトによって、後期新石器時代の新たな考古学的証拠が集まりつつあります。これらはハッスーナ文化の理解を促進する研究資料となりえるだけでなく、過去に収集された考古資料を新しい視点から再検討する機会をも与えてくれます。

テル・ハッスーナ遺跡、マタッラ遺跡とシャフリゾール平原の位置
 
この日本にも、幸いにしてイラクの先史遺跡から収集された恰好の資料が存在します。故・江上波夫先生が率いた東京大学イラク・イラン遺跡調査団は、西アジアで活動した日本初の考古学調査チームでしたが、1956年から1966年にかけて、遺跡発掘のかたわらイラク・イランをはじめとする西アジア諸国で精力的に遺跡を巡検し、数多くの散布遺物を採集しました。そのコレクションは現在、東京大学総合研究博物館(UMUT)に収蔵されています。

私たちはコレクションのうち、テル・ハッスーナとマタッラの2遺跡で採集された後期新石器時代土器資料について調査を行なっています。これらの資料の研究により、ハッスーナ文化の示準遺物であるハッスーナ標準土器の型式学的な定義について、今日的な水準で再検討を試みることができます。また、シャカル・テペ遺跡やシャイフ・マリフ遺跡で得られた新しい資料との比較を通じて、想像よりもはるかに複雑な、当時の物質文化の地域性が浮かび上がりつつあります。


テル・ハッスーナ遺跡のハッスーナ標準土器、東京大学総合研究博物館蔵
 マタッラ遺跡のハッスーナ標準土器に類する土器、東京大学総合研究博物館蔵